●第十八回 群れに安心感。狭い視野の人たち
人それぞれの多様化。専業・兼業、性別なども関係なく、様々な思考や生き方があり、互いを尊重することは、必須というよりも、ごく自然でしょう・・・との文化が浸透していると思いきや、ずっと殻に閉じこもったかのように時間が止まっている状態の人も多いもの。かなり狭い視野で人を評価し、無意味な友達ごっこを続けて、群れることで安心感を得る人たちもまだまだ君臨しています。「あの人、変わり者よね・・・」「えーホント!」と子供の参観日なのに、噂話で花を咲かせる自己の醜さにすら気づきません。
でも、ひょっとしたら、自分自身もはたから見たら、狭い視野でしか生きていない、変わり者扱いだと思われているのかもしれないのです。
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●何足ものワラジを履く頼子
頼子は臨床検査技師の仕事の傍ら、かわいい一人息子の太郎が通う幼稚園で、PTA役員の委員長として、行事ごとの段取りをしています。常に緊張感が漂う頼子。職場でも達成度や効率を重視する傾向があるので、そんな習慣をPTA活動にも活かしています。今日は秋の運動会準備のため、役員らが集まりました。 午前中のみ勤務を休んだ頼子。部下らに、患者さんの検体のとりはからいを指示し、午後からは勤めに出る予定です。
「では、大玉送りは父兄参加ということで宜しいですねー最後に配る記念品は、例年どおり文房具セットで良いでしょうか?何かご意見は・・・では、無いようなので、これで終わります。次の集まりは本番前日、午前10:00にこの集会室にて行ないます。皆様お疲れ様でした」
頼子は議長として、役員らの意見を取りまとめます。幼稚園の行事なので、そんなにシリアスにならなくても良いと思っています。子供たちが楽しく元気に参加できて、先生方や役員らの手を煩わすことなく、スムースに終えてくれることが、一番の目的なのです。一人で様々なことを、要領よくこなすことが当たり前な頼子。そんな性分が功を奏して、息子が通う幼稚園の活動でも充分に頼子のやり方が浸透されているようです。
(さて、文房具は、安価な通信販売業者を使おうかしら・・・今日、寝る前にでも検索してみようか・・・)
思案をしながら、集会室から出たその時です。先ほどまで会議に参加していた、4〜5人の群れが、頼子を待ち伏せしていたのです。皆、表情は能面のように無の状態。服装もかなり類似しています。残念ながら、頼子は待ち伏せしている4〜5人の名前が解りません。委員長なのに覚えていない頼子にも非があるのですが・・・なぜなら、この人たちは会議で全く発言をしたことがないのです。いやな予感を覚えた頼子。次の瞬間にその予感はぴたりと当たりました。
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●依存度の高い主婦らにゲンナリ・・・
「委員長さんですよね。記念品は、園児の分だけではなくて、観に来てくれている兄弟の分も用意してくださいね。そして文房具ですが、毎年安っぽいから、通販で買うのだけはやめてください」
唖然とする頼子。これだけ意見があるのであれば、なぜ会議で発表しないのだろうか? そして別の“能面”が口を開こうとしています。
「そういえばさ〜卒園式の記念品も酷いものよね。去年なんかロールケーキっていっておきながら、クリームなんて薄っぺらで、よく丸まっていなくて“かまぼこ”みたいなケーキだったし」
「そうそう、あのケーキ屋さん、ここの園長さんのご実家らしいわよ〜」
「えーうそ〜 じゃあ、今年も“かまぼこ”ケーキってこと?委員長さん、なんとか止めさせてくださいね」
「そして、桜組みの花壇だけど、いつもすぐに枯れるのよー担任の先生に伝えてくださいよ〜」
能面たちの口は、全開。閉会後にしゃべる無駄な口はやみません。頼子はゲンナリだと思います。おまけに、運動会とは関係のないことまで、委員長になんとかさせようとしているのです。怒りを通り越し、溜息をついてします。
時計を何気なく見たら、既に正午を過ぎています。午後から勤務なのに、このままではランチもとれないのです。空腹も手伝ったのか、ついに頼子の堪忍袋も切れたのです。
「今、お話になったことは、次回の会議での議題にしてください!今日は、これで解散です!!」
頼子のカミナリに驚く能面たちに構わず、勤務先へと向かうために玄関へ直行です。
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●自信も気づかない心の疲れ
頼子は、気分を入れ替えるかのように職場では努めて笑顔を振舞いました。午前中に起きたことは、悪夢のように思えたのです。この世の中ではとても近い位置に、いい年をして自分の意見も言えず、あのような方法で群れて表現することしか出来ない人たちがいることに、大きなショックを受けたのです。
皆、頼子と同世代。性別も同じ。いくら専業主婦だとはいえ、社会経験も多少はあるはずです。誰かが何とかしてくれて当たり前・・・と依存度が強烈に強い理由は、どこから、何から来るのでしょうか? 思い出すたびに、吐き気すら感じるのです。
「頼子先生、大丈夫ですか!」
部下が頼子の様子を見て、驚きの声をあげました。カルテを指さしています。頼子は自分のデスク上にあるカルテに視点を移します。そこに書かれている内容を見て、驚愕したのです。
なんと、患者さんのカルテには・・・
“能面出て行け!去れ!・・・記念品はなにがいい・・・かまぼこケーキ”
頼子は無意識に、大事な患者さんのカルテに自分の荒れた心の様子を殴り書きしていたのです。ここまで、私は病んでいたのでしょうか・・・
気がつくと、部下が院長室へ内線電話をしていました。院長は駆けつけ、脈を診ます。
「頼子さん、ちょっと深呼吸して・・・奥で、横になろうか〜無理したんじゃないの?」
院長の言葉が引き鉄となり、頼子の瞳から大粒の涙がこぼれました。部下がいても、構いません。ずっと、はり詰めていた心でいたのでしょう。能面たちのことなど、実はほんの小さな出来事だったはずなのです。
仕事に育児に加えて、PTAの委員長。常に慌しく、緊張していたのでしょう。でも、頼子にとっては、許せないことなのです。今度は、怒りのベクトルを能面に向けずに自分に向けています。
(私って、こんなに弱い人間なの・・・!)
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●現実からのにわか逃避行
久しぶりにぐっすりと眠りました。一人息子の太郎も、今日はママである頼子の元で寝息をたてました。時計はAM9:00.幼稚園も始まっています。そして、頼子の仕事も始まっています。単身赴任の夫からのメール。これは、定刻AM7:00にキッチリとやってきます。
『頼子、太郎。行ってきます!』
頼子は職場へと電話をしました。今日は最初で最後の秋休みです。息子の幼稚園にもお休みの電話をしました。夫の勤務先がある地方へ、二人で出かける予定です。張り詰めていた止んだ心はすぐには癒えないけれども、こうして弱さを認めるのも生きるための手段だと思うのです。頼子のやり方は、全て正しいとは言い切れないのでしょう。能面たちからすれば、頼子の表情は鬼の面くらいにしか見えていないのかもしれません。
能面と鬼の面。仲良しになることなど難しいのかもしれませんが、素直に本音をぶつける仲になれば、互いの面をはずせるのでしょう・・・か?
-終-
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NFP 田村夕美子(たむらゆみこ)プロフィール
経理環境改善コンサルタント&ライター。企業にてサラリー経理ウーマンとして働く傍ら、夫が立ち上げたFP事務所にて、経理を主体とした事務系コンサルタントとして、ビジネス誌・女性誌への執筆やセミナー活動に従事している。中でも、決算書の読解術をベースとした、独自開発プログラム“データ変換術”と多様なシーンで活用できる“表現術”を盛り込んだセミナーには定評があり、人事系のビジネス雑誌にも、紹介している。著作は、日経ウーマンネット『進化する!一般事務職』他多数。
URL http://nfp.cc
E-mail tamura@nfp.cc
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